「朝焼けの町を目指して」)(第3章)
[第 3 章] — 新小岩
2021年、現在。
「まもなく、新小岩、新小岩、お出口は、右側です。」
到着駅案内放送で現実に戻って、携帯で時間を見た。今は夜8時。頭はさっきと比べて重く感じなくなった。俺は席を立ってリュックを背負ってドア付近に移動した。電車から降りてから、とりあえず改札口出て南口を出た。通行人を避けながら、邪魔にならない柱に寄りかかって、携帯を出してロックを解除した。特に何か新しい通知とかはなかった。まったくの退屈で、目的もなくただ周りを見渡した。
日曜の夜8時、翌日は仕事がある平日とは言え、まだ夜の早い時間帯だから、駅前は依然として賑わっている。ギターを弾きながらマイクスタンドに向かって弾き語っている人が居て、横にパートナーがカホンで合わせていて、周囲には何人かスマホを高く挙げて録画しているファンらしき女性がいる。交番の前では二人のお巡りさんが、A4クリップボードを持って何かを話している。バス停とタクシー乗り場で何人かが並んで乗車を待っている。大通りの交差点のほうからは、クレープ屋さんの売り声や、ガールズバーの女の子の元気な呼び声が聞こえてくる。
もうこのまま突っ立って待ってると、眠すぎで路上で寝込んでしまい、そして一生かけても忘れられない醜態を晒すことになりそうなので、酔い覚ましの為でもあるから、俺は引き返して駅構内の売店でウコンの栄養剤を買って飲んだあとに、電車乗る前に買ったスポーツドリンクを手で持ったまま、北口を出て新小岩公園を向かった。公園の入り口近くの便所で用を足してから、街灯に灯されていない暗い木陰のほうの道を歩いた。横には時々犬の散歩している人や夜ランニングしている通行人に抜かされていった。後ろから、バンドと犬の首についたLEDライトが目立っている。数十歩歩いたところか、蔵前橋通りに面した電話ボックスのところに来た。
脳内からある数字の組み合わせが浮かべられた、彼女の電話番号だ。彼女の電話番号だって知ってるのは当たり前だけど、でも、こういう時こういう光景で俺にこんなどうでもいいもん思い出させるのは、一体、どういうつもり?電話ボックスに入って、公衆電話の緑色の筐体を撫でた。ボタンを間違って触れてしまったか、LEDの画面で黒いドット文字がライトアップされた、「ご利用可能です」だって。丁度、財布の中にはWindows7コラボの萌え電話カードが一枚入っている。そういえば、彼女が水樹奈々が好きだって言うから、水樹さんもあのWin7の公式キャラの声出演してたから、「屋烏の愛」みたいに、これを買った。今じゃ彼女のことを連想するが、それでも実用性・防災の観点から財布に入れた。それはつまり、別にしたければ、今にでも国際電話一本掛けてやれなくはないけど、ぶっちゃけモバイルデータ通信を使うチャットアプリで掛けたほうが安く済むしこんなわざとらしいし馬鹿馬鹿しいことまでしなくてもいいのによ。でもよ?百歩、いや、一万歩譲って繋いだとしても、何ってっつったらいい?今そっちは7時過ぎと言ったところかな?彼女(あいつ)、今何をしてんだろう?
受話器を持った手は、結局は下ろした。俺は電話ボックスの手すり腰を下ろして、後部のガラスに寄っかかった。電話ボックスの中は秋でも蒸し暑い。外は車が往来してるからうるさいはずだが、電話ボックスの中は俺の酒のあとのバクバクしている心臓の音と、自分の耳鳴りしか聞こえない。
彼女はまだ上海に居るのか?結婚して結構経つんだけど、子供はいただろう?この時間だと、夕食を済ましてリビングで夫と子供と平穏な日常を楽しんでいるだろう?いや、まさか、彼女との付き合いも長いし、俺の知る限りの彼女は、まぁ依頼のイラストでも描いているのか、外で女友達とナイトライフでも謳歌してるんじゃね?彼女(あいつ)は、家でじっとしてられるやつじゃないからな。
だから何?まさか今から電話で、「よー!俺だけど、この前結婚したってっつったのは嘘だろう?」ってか?いや、それとも、「なぁ、もし、気が変わったらなんだけど、俺、待ってるから」ってか?止せやこの野郎。万が一、彼女じゃなくて別の人が、例えば彼女の夫が電話を出たら、何って言えばいいか考えたか?「電話番号158xxxxxxxxのxxさんでお間違いないでしょうか?宅急便の者ですけれども、お荷物、宅配ボックスに置いとくね?」って?ふむ、合理的で疑われないでしょう。いや待って、俺はまだこいつの夫を許せてないから何でこんなこと言わなければいけないわけ?言うなら、「主人?お前が?丁度いいね、俺、彼女の元カレだぜ?あはっはっは」でしょう?それだと煽りすぎない?思わずにニヤっとなったけど、でもわかる、俺はまだそこまで酔っちゃいない。今宵の酒は満たされていない。
電話ボックスから出て、外の野球場の周りにあるベンチで座った。外の風で少し正気にさせた。スポーツドリンクをひと口飲んで、手をジャケットのポケットの中に入れて、少しぼーっとしてたら、携帯が何回かぶるぶるって鳴った。
「もうすぐ着く!」
「今亀戸!」
待たせてはわりぃ、それで、俺は駅へ少し早く向かった。改札口に戻るとほぼ同時に、背中を誰かにポンポンされたと感じ、振り向いてたら、今のLINEでやりとりしてたさっきの合コンで知り合ったショートボブの彼女だ。
「よっ!」
「うおおおおおお前か、びっくりした。」
次のリアクションもさせないうちに、手で持ったスポーツドリンクは彼女に取られて、蓋を捻ってちょこっと飲んで、不味そうな顔をして、舌ぺろんって出して、スポーツドリンクを返した。
「ちょっ、おまっ、」
「まずぅいー、あれ?酒じゃないやん?」
「違うけど。」
「何だそれー」
「スポーツドリンク。」
「なーんでそんなもの飲むの?それより~お酒買いにいこーよ~あとは~暁くん家行って、た・く・の・み!えっへへ」
これ、どう見ても酔っぱらって興奮してる。声も全然周りを顧みてないトーンになっている。残り僅かの俺の理性は、あんまり注目させたくないので、とりあえず彼女を落ち着かせる。
「よしよしよし、じゃ行こうか」
それで、交差点付近のローソンにちょっとお酒とつまみを買おうと入った。彼女は入ってすぐアルコール類の棚に向かってそこで何缶か度数の高い焼酎類を持った、他の酒には目もやらなかった。そしてつまみを選んでいる俺のところに来て、酒を全部買い物かごに入れて俺を見てニコニコしてる。
「ダ~メだよ、これぐらいじゃ。もっと飲まないと~」
俺は苦笑した。目の前に立っている酔っ払いべっぴんさんがどれぐらいの酒豪かは知らんが、今こういう風に言った彼女は、今夜は絶対俺のことを簡単に放してくれないだろうな。
「じゃ、分け合おう、お前の飲める分まで付き合おう。全部飲んじゃっても俺ん家向かい側にお酒の自販機あるから、気が済むまで付き合うよ。」
彼女はこれを聞いて、喜んで、俺の腕を組んできた。
「そういう調子よ!」
ちょっと、めっちゃ恥いんだけど。まぁわかるけど、もう完全に俺得案件だけど、しかも人の酔った隙に乗じて。でも悪い気はしないし、こうして、腕を組んだまま家まで来た。
鍵を出してドアを開けて、玄関の電気をつけた。
「ただいまー」
自分ひとりの時は全然言わないのに、今日はほかの人が居るから、言わないと何か変と思ったから、言った。
靴箱からスリッパを渡した。
「ありがとう~お邪魔しま~す。えへへ」
彼女はやはりご機嫌そうだ。
買い物袋をこたつの上に置いて、部屋の隅っこのランプをつけて、ちょうどいい暖色の光がこたつの周りを優しく包んだ。あれこれを済ませたら、彼女をこたつのほうへ案内した。
「すまんすまん、男のお粗末部屋だから何もないけど、適当にくつろいでって・・・ん!!???」
彼女の唇の感触が伝わってくる、それと同時に来るのが、焼酎と香水の匂いだ。
どういうこと?って言いたいところだが、またすぐさまに何もかもを理解した。何か言おうとしても、俺の唇が彼女の細長い綺麗な人差し指で抑え込まれる。
「今なんか言ったら、帰るからね。」
完全に勢いに圧倒された。そしてもう一度彼女は近づいてくる、額は俺の額とくっつけて、額から彼女の体温が伝わってくる。俺も彼女も、呼吸がますます荒くなって、そして多分同じタイミングで、また、やさしくキスをして、しばらくそのまましたら、ちょっと頭を離れた。暖色系のライトで照らされた彼女の顔から、今さら、ちょっと恥じらいが見えた。俺はそれが愛しく思い笑った。彼女は俺の笑うところを見て、さらに恥ずかしく感じたか、笑っちゃって、こぶしで俺の懐中を叩いた。じゃれとはいえ結構強めだったなー、あれは。
「ねぇ、ベッド行こ?」
「うん。」