「朝焼けの町を目指して」)(第1章)

[第 1 章] — 恵比寿

 2021年,10月

ここは恵比寿、若きセレブやパリピの憧れの場所。ドラマで登場する春になったら吹雪く桜の花びらで川全体桜色に染める目黒川も歩いてちょっとの距離だ。

こんな流行りに乗った場所、俺とどう見ても釣り合わないだろう、と、思っていても、到頭、出来心でT君からの誘いを乗って来てしまった。どうすんのもない、今更尻込みしてももう遅いわな。

合コンの会場は、通の間で評判の、雰囲気がよくて美味しいビールが飲めるビアガーデン。流れるEDM曲のリズムは夢中にしてくれるが名前はわからない。いろんな肌の色の客がいて、談笑の声が混ざり合って、確かに雰囲気悪くない。飲んでもいないのにちょっとほろ酔い気分になった。視線がぼんやりとなる前に、幹事は大きい声で呆然とした自分を現実に連れ戻した。

「飲み物も揃ったという訳で、今日は存分に楽しもう!乾杯!!」

「乾杯!!」

一斉に、乾杯する。

さすが証券会社の期待の新人と言ったところか、この格好、スーツといい、香水といい、革靴といい、言葉遣いといい、もう、向こうの女性は半分落とされているんじゃないかな。そんなことを考えていた。

「では、早速ですが、自己紹介に入りたいと思います。それじゃ・・・端っこから始めるか!」

このやろー、わざとだな?さっきクスって笑ったろ?そういうのは置いといて、俺はとりあえず立った。

「暁と申します。インフラエンジニアをしております。えっと、29歳です。ファーストサイバーソリューションズで勤めております。どうぞよろしくお願いいたします!」

そして座る。そうだな、何で年齢のところで一瞬迷ったかって、実はあと2、3日したら自分の誕生日ということで、もうすぐ30歳なんだけど、30歳と大して変わらんからいいじゃんとは言うけど、俺は敢えて無駄な足掻きをした。

俺の次に、自己紹介は一通り一周した。

「それでは、自己紹介一通りしていただきましたところで、今から15分間しばしご歓談ください!」

へー、歓談ねぇ。よく言うね。誘った張本人のT君をチラッと見たけど、こいつはとっくに戦闘態勢に入っている、こっちにフォローを入れる気配は全くないみたいだな。どうやら相棒に裏切られたわ、俺。あっははは。

向こうの席で座っている相手の女性と、謎の沈黙が続く、そんな気まずい中で、よりによって、

「えっと、そういえば、暁さんのお仕事はどんな内容ですか?」

俺の理性はこのボールを返すのを極力止めようとしたが、脳から発したオーダーより、アルコールの勢いをとった口は滑った。

「名刺でシステムエンジニアと書いたけど、あまり大雑把ですね。今やシステムエンジニアなんかいくらでも居る。我々アーキテクトはもう少し細かく言うと、ある目的に沿った情報システムの基盤を作る人です。目的が異なれば、複雑さも違ってきます。小さいものは、数行しかないコードで作られる小学生の作文みたいなミニプログラムと、大きいものは東京ドーム1個分ぐらい大きさのビルの中で収納される千台以上のコンピューターやストレージ、超高解像度の映画の長さを単位にしたらその長さは一人の人生を何周回もできるドデカイ化け物。こんなものでさえ作れちゃう職業ってただ単にシステムエンジニアって、ねぇ?」

終わった。俺は、完全に終わった。生涯築き上げた英名はたったの一瞬で総崩れした。偽物の酒は俺を陥れてくれたわ。やっぱ今日は来なかったほうがよっぽどマシだわ。さすればこの俺は朽ち果てて臭い液体に化けても、この液体も無実であるはず。よりによって、合わない場面で合わない発言をしてしまった。気まずさは向こうの女性の表情から感じ取られた。けど、俺の社会人としての経験も伊達ではない。俺はすぐに繕おうと言った。

「Kさん、さっきの自己紹介で広告会社で勤めてるとおっしゃいましたね。広告のデザインって大変よね?」

そしたら相手もまるで「こいつやっとわかってくれた」みたいにすぐ察してくれて、会話を再開させられた。そして、俺たちは、「お客さんは豚野郎か否か」について15分間の楽しいけどたわいない会話をした。

その後、何回か席がローテーションして、全員と連絡先を交換して、ついに一次会の解散の時が来た。T君は建前上二次会に来るようにと俺をまた誘ったけど、俺は空気を読んで適当に理由を付けて逃げた。どうせ2次会だし、例えあの5人のメンツでも、T君とあの証券新人エース君のパリピっぷりからして、相当楽しめそうだ。俺?合コンなんかクソ喰らえ。俺は「合コン」という設定を完全に頭から捨てて、店のありったけのクラフトビールを飲み比べた。ここまでくると鏡とか見なくても、胸に手で当てると心臓がバクバクしてるから、今頃顔は猿のケツさ。自分の荒い呼吸を聞きながら、駅に向かい、途中でなんの自販機か知らんが、そこでポカリスエットを一本買って、何回かごくごくと飲んだ。携帯を出して、なんだ、8時じゃん。夜はまだまだこれからだぜ。

この後俺は千鳥足でなんとかICカードを出して改札を通ってホームまで登った。電車が来て、なんとか席に着いた。電車の暖房がよく効いた席でちょうどいい体勢に縮こまって、アルコールの作用でうとうとしてたら、携帯のバイブレーションに気付いた。普段なら何の通知か確認しようかしないか迷うところだったが、今回は違った。なぜなら、そんなことを考えているうちに、通知はすぐに2通目3通目が続いた。しょうがないから目を覚ましてロック解除して斜め読みしたら、LINEのメッセージが来てるとのことだった。まさか、と思うが。二次会も終わってないのに、もう帰宅組に初LINEって、今の合コンはそこまで競争が激しいのか?LINEを開いたら、やっぱさっきの三人の女性の中の一人。思い出した、ショートボブの女の子だった。

「二次会つまんな~い」

「家行っていい?」

「飲みなおそー」

「(画像、カラオケボックスで撮った集合写真、いろんな絵文字が付けられている)」

普通、こんなグイグイ来る女の子なら引いてしまうが、ちょうど俺は「普通」から逸脱したやばい奴だから、アルコールの作用もあって、返信をした。

「おいおい、まだ二次会やん」

「自分でついて行ったのにつまんないとか、一緒に行った人に失礼だろう?」

「俺ん家?何もねーよ。XXさんが来てもつまんないと思うけど、それでもいい?」

メッセージを返したら携帯をロックしてポケットの中に入れて、もうちょっと深く背もたれによりかかって、頭を車窓ガラスにもたれた。車窓ガラスはレールの小さな凸凹を忠実に再現している。多分、今の俺は本当に酔っている。言われてみると、あの子の顔もよく覚えていないな。まぁ、もともと真面目に合コンなんてやろうと思ってなかったし、T君の誘いに断れなくて「一応」来た訳だし、合コンで次に繋げようなんか考えてないし。俺、ぼっちの件は事実だけど、現状を変えようときたら、実は準備がまだだ。

(携帯のバイブレーション音、何回か続いた)

「そんなことないよ!ビールとポテトあれば十分!」

「それより、最寄りは?」

「(スタンプ、わくわく)」

気が付いて、携帯のロックを解除した。さっきの女の子のメッセージだ。あれは、酔ってるから冗談で送ったものだと思ったけど、まさかあの子マジで来る気みたい。どうする?断る?携帯を閉じて電車の中吊り広告を見上げた。

今の俺は一人ぼっち、ネチネチする元カノとの関係もなければ、絶賛熱愛中の今カノも居らん、返事していない告白もない。そう思えば、どうやら誰かを傷つける可能性はないみたい。それに、今宵の酒は足りていない、中途半端に酔ってかえって気持ちが悪い。自分の影に酌してもらうのもいいけど、美人と一緒に飲めるなら最高ではないか。そうやってあっさりと衝動に駆られて、返信すると決めた。

「JR新小岩」

「改札の外で待ってるね。ここの改札一箇所しかないから迷わないと思う」

返信を送ったあと、携帯をしまって、車窓の外に視線を向かわせる。電車は夜の鉄道を走り、車窓からいろんなものが移り変わっていく。マンションやアパート、広告板や電柱。アルコールが回ってきて少し眠いけど、無理に起きていようとしたところ、頭の中で、誰かの声がして、俺は声の主を探そうとした。

「落・・・着い・・くれない?」

なに?

「・・・はよしなさいよ。たまごっちみたい。」

お前は、誰?何故俺は、お前の声を知ってる?

「あたしの嫁になってよ、いいよね?」

ダメだ。全然何を言っているか聞き取れねぇ。

動揺から正常に戻ろうとして頭を左右に振った。携帯を出して意識的に日付時刻を確認した。2021年現在、俺は今、日本にいる。さっきの声は、過去から来たものだけど、妙に馴染みある。俺は、声は誰のものかを思い出そうとする。電車はトンネルに入り、車窓の反射から、自分の酔った姿を見て、何か辛い思い出が蘇ろうとした。

学爾時習之、不亦悦乎? 有朋自遠方来、不亦楽乎? 人不知爾不愠、不亦君子乎?

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